失恋相手が恋人です
旅立ち
「わ、私、あの時……葵くん、桧山葵くんだってことは知っていたんだよ。
葵くん、有名だったし……」

語尾を消え入りそうな声で話すと。

葵くんは苦笑した。

「俺は流石に沙穂の名前は知らなかったよ、ただ、顔は認識してた。
一人でいたかった筈だったけど、沙穂が居ても違和感なくて、むしろ居てくれた方が何か安心するなって思ってたくらい」

「え……」

「最初、沙穂、俺の方をチラチラ真っ赤な顔で見てたから、また女子か……違う場所探しにいこうかとか思ってたんだけど。
沙穂、全く話しかけてこなかったしさ。
話しかけられてたら、多分俺はもう本館に行かなかったかも」

私から手を離した葵くんは思い出すように、手の平を見つめていた。

「偶然……髪が絡まった時、後ろ姿だけだったけど、何となくあれ?見覚えがあるって思ったよ。
吏人と話している様子を見てこんな子なんだって知って。
その時はただ、それだけだったけど。
真っ赤な顔の沙穂を見て、今までだったら、ああ、またかって面倒になるんだけど。
……何だろう、今までみたいにかかわりたくないとかは思わなかったんだ。
むしろ……可愛いなって思ってさ。
そんな自分に驚いてた」

少し恥ずかしそうに言う葵くん。

「……あの時……葵くん、いつも窓の外見てたよね?
あれって……歩美先輩を見てたんだよね……?」

答えをわかってはいたけれど、今更だけど、確認することを恐いと思いながら私は尋ねた。

葵くんは私を申し訳なさそうに見つめて、私の頭を撫でた。

「……最初はごめん、沙穂の言う通り。
階段教室から見えるベンチを先輩が利用してたから。
でも、沙穂、多分沙穂は勘違いしてると思うんだ」

葵くんは焦げ茶色の瞳に優しい光をたたえて私を見つめ直した。

「俺が歩美先輩を好きだったのは中学生の頃で。
しかも高校一年か二年くらいまで。
……先輩が東堂先輩を好きなことはずっと知ってたし。
俺にとっても東堂先輩は憧れの人だったから。
東堂先輩が歩美先輩を好きだって高校二年くらいかな……。
気付いた時はもう応援する気分になってたよ」

俺、もてたしさって少し可笑しそうに葵くんは微笑む。

「ただ、未練じゃないけど、やっぱり俺にとっては好きだった人だからさ。
何て言うか……幸せになってもらいたいというか、見守りたいって言ったらいいのかうまく言えないけど……」

私は葵くんの言葉がすうっと身体の中に入っていく気がした。

あんなに葵くんと歩美先輩のことを気にしていたことが嘘のように。

二人のことを知ることがあんなに恐かったのに。

今ではそんな風に歩美先輩を見守りたいといった葵くんの気持ちに共感していた。









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