失恋相手が恋人です
うぅ……どうしよぅ。

あっという間の昼休み。

萌恵に有無を言わさず送り出されて、やむを得ない私は本館の階段教室の入口前に立っていた。

いや、そもそも桧山くんがここにいるとはわからないし、と半ば開き直りながらドアを開けた。

反射的に桧山くんのいつもの席を見る。

そこには誰も座っていなかった。

ホッとしたような残念なような気持ちでふうっと一息ついて、教室内に足を踏み入れた時。

動けなくなった。

窓際に桧山くんが立っていたから。

いつもは窓から少し離れた席で、外を眺めているのに。

今日は窓際に立って、外を見ていた。

強い残暑の光が差しこんでいるにもかかわらず。

私の恥ずかしさや焦りといったぐちゃぐちゃな心とは裏腹に外は憎らしいくらいにいい天気だ。

カーテンが翻って、窓際の桧山くんの姿を見え隠れさせる。

その一瞬。

姿が見えた桧山くんは……。

……泣いていた。

ただ静かにその横顔に涙があった。

……見間違いであれば良かった。

強い陽射しに光って見えなかっただけ、とか。

普段なら幾つも言い訳が思い浮かぶのに。

今は、思い当たる原因があって。

ズキリと胸に何か鋭いものが刺さった気がした。

痛みに似た苦しさがこみ上げる。

……桧山くんはきっと今、歩美先輩を想っている。

あの涙は歩美先輩への桧山くんの想い。

桧山くんが歩美先輩に想いを伝えたのかどうかは知らない。

歩美先輩が桧山くんの想いを知っているのかも知らない。

ただ、歩美先輩が他の人と付き合い始めたということならば、彼の気持ちは届かなかったということ。

……失恋したということ。

……そんな彼の姿は、そのまま私の姿でもあるから。

好きな人に、大切な人に想いが届かない。

それは桧山くんに想いが届かない私の姿。

そう思うと何かに掴まれたように胸が痛くて。

呼吸が苦しくなる。

自分勝手に、告白を考えていた自分がとてもずるく思えた。

こんなに桧山くんは悲しんでいるのに。

私は……。

「……何?」

突っ立って、凝視していた私に気づいた桧山くんが無愛想に言った。

「……何で泣いてんの?」

「……え?」

頬に手をあてる。

私は知らない間に泣いていた。

「し、失恋したから……」

思わず、口走る。

「……ふぅん」

興味がなさそうに彼はまた窓の外を見る。

私は自分で考えるより先に口を開いていた。

「あ、あのっ。
ひ、桧山くんも……失恋したんだよね」

「……何で?」

少しムッとしたような声音で彼が私の方を見る。

焦げ茶色の綺麗すぎる瞳に、その威力に何も話せなくなりそうになりながら。

「わ、私と同じだと思ったから。
だ、だから、私と付き合ってください!」

考えなしに言ってしまった。

「……何で?」

桧山くんは切れ長の瞳を細めて、私を睨んで、同じ言葉を言った。

「えっ、あの…。
失恋って新しい恋をしたら癒されるって言うし!
わ、私も失恋して桧山くんと失恋仲間?だしっ。
だから、一緒につ、付き合うっていうか仲間、みたいな友達、みたいな感じで一緒にいられたら……」

ああ、もう私何を言っているのだろう……。

こんなことを言いたかったわけではなく、こんな話しかけ方をしたかったわけではなく。

それより何よりここにいるべきではなかった筈……。

桧山くんは相変わらず何も言わずに、私の方に向き直って、じっと私を見つめている。

その視線に居たたまれなくなって、私は一気にぶわっと耳まで真っ赤になって、俯く。

コツコツ……。

桧山くんが私のすぐ近くまで歩いてきた。






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