明け方の眠り姫
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無理やりカフェに押しかけていた頃から考えれば、かなりの時間を夏希さんに充てていた。


いい加減睡眠薬としてだけ傍にいるのにも飽きてきたと、何度か寝込みを襲ってやろうかと思ったこともあったけれど。


僕がいると安心して眠れる、というその言葉の通り、全く無防備に危機感を抱くこともなく熟睡している姿を見ると、手を出そうにも出せなくなった。


信頼されていると思えば、いい傾向だとは思うけど。
全く意識されてないといえばその通りだ。


おいおいおい、どうするの。
いいのかこのままで、と何度寝顔を見ながら悶々としたことかわからない。


帰り際、その憎らしい寝顔に悪戯を仕掛けていくことだけは今もついついやめられなくて、もしも彼女がその瞬間に目を覚ましてくれることがあれば


少しでも意識してくれるきっかけにはなるかもしれない。


そんな風に、僕の頭の中は夏希さん一色で、まあ言えばすっかり色ボケしてしまっていたのだ。


僕は忘れていた。
家のことや店のことを放り出して、黙って見守っていてくれるのは母親の僕に対する甘さあってのことで。


家には、それでは到底黙っていない人間がいるのだということを。



「……おい。要」



夏希さんが寝入ったのを確認してからなので、帰りが深夜近くになるこの頃だったのだが、その日に限って夜九時頃に帰宅すると、兄が帰省してきていたらしい。


玄関で靴を脱いでいると聞こえてきた低い声に、嫌な予感がして眉を寄せる。
近頃兄は結婚を意識する恋人ができたためか、度々実家に顔を出す。


そんなに家が気になるのなら、自分が継げばいいのにと鼻白みながらも、そんな言葉は飲み込んだ。
言い争うのは、僕の性格じゃない。



「ただいま。来てたんだ兄貴」



口うるさいことを言われる前に、さっさとお茶を濁して自室に籠りたいとこだけど、どうも今日はそういうわけにはいかない雰囲気だった。
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