明け方の眠り姫
笑顔を取り繕って顔を上げると、やはり兄の顔は険しかったが、その事に気が付かないふりをして横を通り抜ける。
ぎしぎしと古い木の床を鳴らしながら、仏間と間続きの客間へと足を進めた。
「こんな時間までどこ行ってた?」
「こんな時間って、子供じゃあるまいし。僕だって出かける用事くらいあるよ」
此方は当り障りなく躱すつもりなのに、兄の方はがつがつと噛みついて来る。
「店も家も放り出してか。たまになら俺もこんなことは言わないが」
「嘘ばっか、兄貴のお小言は聞き慣れてるよ」
いつもは上手く誤魔化すのに、今日はどういうわけか苛ついて思わず言い返した。
笑って冗談で誤魔化そうと顔だけ振り向くと、明らかにさっきよりも眉間の皺が増えている。
……ああ、やべ。怒らせた。
元々不愛想な人だけど、怒っているときの仏頂面は慣れた家族でもひやりとするのに。
こんなんでよくも結婚相手を見つけてきたな、と感心する。
客間には、やはりその、兄の婚約者が居た。
僕が思うにかなりのどMでないとこの兄の相手は務まらないと思うのだが、どうなんだろう。
「恵美さん、こんばんは。遅くなってすみません」
「要さん、おかえりなさい。お邪魔しています」
ドエム疑惑の兄の婚約者は、気が強そうな美人だが人当たりが良く言葉遣いも丁寧だ。
なんで兄貴なんだろうと、今度機会があればぜひ聞いてみたい。
「おい、要!」
「暁さん、そんなに大きな声出さないで……」
その恵美さんの制止の声も、今は兄を抑える効果は無いらしい。
僕がろくに話を聞かない姿勢なのが気に入らないのか、肩を掴まれ強引に振り向かされた。
「悪かったよ、留守にしてて。今日来るって言ってくれれば、食事くらい用意しとくのに」
「んなことはいってない。今日に限ったことじゃないだろう、毎日毎日一体どこに行ってるのかを聞いてるんだ。お前、この店の跡継ぎなんだぞ」
「わかってるよ。だから配達はちゃんと行ってる」
家族の食事だって、作り置きしてあるし。
僕が居なくたって、問題なく回るはずだ。
だから父も母も何も言わないのだろうに、とっくに家を出たはずのこの人に言われることが……酷く、我慢がならなかった。