明け方の眠り姫
ああ。
上手く話しを逸らせそうな母親は、台所の方だろうか?


親父はまだ店の方か。
のらりくらりと兄の言葉を躱し乍ら、何だか今日は、酷い言い合いになりそうなそんな気がしたけれど。


だが、事態は言い争い程度では留まらなかった。



「真面目に聞けよ!」

「兄貴の方こそ、僕の話なんか聞いたことないくせに」



なんでも一人で決めてしまって、一人でなんでもできてしまう兄に、ずっと鬱憤がたまっていた所為もある。


ずるいと思ってしまったんだ、だから余計に兄を煽る言葉を吐いてしまった。



「自分はいいよな、好きなように就職して。店のことはこっちで話をするから、兄貴はもう口出すなよ」

「親に押し付けてろくに仕事も話も出来てないみたいだから、俺が口を出すんだろうが!」

「だから、それも全部余計なことだっていってんだよ!」



途端、兄の手が僕の胸倉を掴む。
互いにすっかり感情的になっていて、ヤバイと思った時には左頬にガツンと固い拳がぶつけられていた。



「いい加減にしろ!」



殴られた勢いのまま、倒れ込んだ先で背中をしこたまローテーブルの角にぶつけた。
だが、頭に血が上った僕は痛みなんて今はどうでもよかった。


ずるいんだよ。
僕だって、自分のしたいことくらい自分で探したかった。
好きな女がいれば、彼女の為に生きたいと思う。



「勝手なのは兄貴の方だろ! 自分は誰にも相談せずにさっさと家も出てったじゃないか!」



好きな仕事も見つけて好きな女も手に入れて、自由満帆に結婚しようとしている、兄は結局逃げたんだ。



「今はお前の話してんだろうが。気に入らないからって仕事ほっぽりだす奴が就職したところで糞の役にも立つわけねえだろ」

「ああ、そう。だから俺に店継がせてやろうとか? そうやって兄貴は俺の事馬鹿にしてんだよな」

「お前に任せたのはもう昔の話だろうが。そんときゃこんな無責任なことするとは思ってなかったけどな」



また胸倉を掴まれて、踵が上がる。
悔しいことに、兄の方が背が高い。


だけど今日は絶対に引くもんかと、その腕を掴み返した。



「へえ、兄貴は責任とってるつもりなんだ。押し付けて逃げた、の間違いじゃね?」

「……このっ」



終わりそうにない言い合いを止めたのは、やっぱり母だった。
「いい加減にしなさい!」という声と同時に、真冬でしかも畳の部屋だというのにバケツの水をぶっかけられたのである。


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