明け方の眠り姫
「…………」
「………っくし」
兄弟二人黙々と、バスタオルで畳にぶちまけられた水を吸い取っている。
先に自分たちの身体を簡単には拭いたけど、当然衣服はびしょ濡れなわけで、非常に寒い。
恵美さんが灯油ストーブを運んできてくれたのだけが救いだ。
「二人でちゃんと後始末して」と冷ややかな言葉と一緒に大量のバスタオルを投げ寄越してきたのは母親だった。
それから兄貴と二人きりで部屋に残されて、恐らくこれは仲直りでもしろという母親の配慮には違いないのだが。
考えてみれば、僕ら兄弟は今までこれほど激しい言い争いはしたことがない。
大抵は争うのを避けて僕が黙るからだが。
「僕はずっと前から、店は兄貴が継ぐべきだと思ってる」
色々言った、ずるいとか逃げたとか勝手だとかも全部、本当にそう思っているけれど。
これも、嘘じゃない。
兄が「俺は継がない」と言って家を出た時から、ずっとずっとそう思ってた。
何も言わなかった僕にも責任はあるかもしれないが、その頃の僕はまだ高校生だった。
「今更何を……」
「確かに今更だけどさ。血の繋がりを気にしてるのは兄貴だけだよ」
そう言うと、ぐっと言葉を飲む音がした。
返事がないのは、図星だからだろう。
兄だけが、母の連れ子で親父と血の繋がりがない。
それでも分け隔てなく育ったはずなのに、兄は肝心なところで身を引いたのだ。
湿気たタオルを廊下に放って、また新しいタオルで濡れた畳を押すようにして水分を吸い取る。
その作業を繰り返しながらの会話は、さっきまでの感情的な声とは互いに違っていた。
「……お前は今日、どこ行ってたんだ」
「また蒸し返す?」
「違う。そうじゃなくて、聞きたいだけだ。何かやりたいことがあるのか」
「……好きな人がいるんだ。その人の役に立ちたいし、何かしてあげたい」
「それは、店の仕事をしながらでは出来ないことなのか」
今度言葉をぐっと飲み込んだのは、僕の方だった。
出来ないことは、ないかもしれない。
あれやこれやと、世話を焼く時間は減ってしまうけど。
「店を継ぐのが納得できなくて、その女に時間を割いて逃げてるんじゃないのか」
それからは兄も何も言わなかった。
押し黙ったまま、僕が思うのと同じように兄にも思うところがあった、ということだろう。