明け方の眠り姫
この真冬に全身びしょ濡れにされ、しかも暫くそのままだったのが悪かったに違いない。
翌日から熱を出し、二日間ベッドから起き上がれなかった。
その間、勿論夏希さんに会うことも出来ず、熱でぼんやりとしているものの考える時間だけは長すぎるくらいにあった。
―――……店を継ぐのが納得できなくて、その女に時間を割いて逃げてるんじゃないのか
酷く悔しかったのに、なぜそれは違うと反論できなかったんだろう。
返す言葉が、見つからなかったんだ。
確かにそうかもしれないと、頭の隅で思ってしまった。
まるで、嫌なことから逃げるために夏希さんを利用しているような気がして、そう思うと胸に湧いて溢れたのはいつもの愛しさではなく、罪悪感だった。
夢と現の境界線を、うつらうつらとしながら夏希さんの顔を思い浮かべても、哀しいような申し訳ないような、そんな感情しか湧いてこない。
「こほっ……夏希さん、ちゃんと眠れてるかな」
ご飯は、ちゃんと食べてるだろうか。
心配だけど、今は会いに行けない。
それは熱のせいだけでもなく……今会いに行けば、ただ逃げたいだけだと認めてしまうような気がしたんだ。
それに、考えてみればあんなに毎日会っていたはずなのに、僕は夏希さんの携帯番号も知らなかった。
マンションやカフェに僕が押しかけて行くのが常で、特に必要がなかったから。
その事がまるで、僕と夏希さんの関係の希薄さを、表しているような気がした。
確かに今、僕が会いに行かなければ、夏希さんは睡眠不足で辛いかもしれないけれど。
それはきっと、長く続くものでもなく、いずれ彼女なりに解決できてしまうことなのだ。
……画廊の番号を調べることは、簡単だけれど。
熱が下がった後も、僕は結局夏希さんに会いに行かず連絡もせず、店の仕事に集中し以前のように家族のために家事を熟した。
ただ少し以前と違ったのは、配達や顧客管理、発注など前には見向きもしなかった親父の仕事を背後から見て、本当に店を継ぐのが僕でいいのか考えるようになった。
”兄貴が全部、自分勝手に決めてきたから、僕はそれに従っただけ”
だけど、それは僕が自分で決めることをしていなかっただけだ。
自分のことを自分で決められない僕に、兄に反論することなど出来る筈がなかったんだ。
そうして自分のことに精一杯で夏希さんに連絡もせず、気付けばひと月以上も経過していた。