注文の多いクリスマスイブ
─────そして。
家を出てから三時間後、私はデザートのマンゴープリンを前に、至福の溜息を漏らしていた。
「驚いた?」
尋ねると同時に、智宏がくすりと笑う。私は少し眉間に皺をを寄せて答えた。
「そりゃ、驚くわよ。いきなり、高級ホテルでディナーなんて!」
「ちゃんと、希望通り中華にしてやっただろ?」
家まで迎えに来た智宏についてやって来たのは、なんと都心にそびえ立つラグジュアリーホテルだった。
古びた中華料理店を想像していた私は、一歩足を踏みいれただけで、その重厚な雰囲気に圧倒される。そんな私の手を引いて、智宏は上階の中華レストラン『香蘭桂』へとやってきたのだ。
「私、てっきり萬福軒みたいなお店だと思ってたから…」
「そこは、着替えた段階で何となく察してもいいと思う」
「慣れない雰囲気で、すっごく緊張した」
「その割には美味そうに食ってたな」
「だって、めちゃくちゃ美味しかったし」
そう、洗練された空間で、眼下に夜景を眺めながら頂く味は、今まで食べてきた中華とは次元が違った。
(いや、萬福軒のチャーハンも十分美味しいのよ!でもジャンルが違うと言うか何というか…ごにょごにょ…)
はじめこそ緊張していたものの、私はすぐに食事に夢中になった。
だって、ほら、フォアグラ入りの北京ダックなんて、初めて食べたし!
「智宏、ありがとう」
「どういたしまして」
御礼を言った私に、智宏が満足げに笑った。私は食事中にずっと気になっていたことを尋ねあ。
「お店の名前、なんて読むの?」
「こうらんけい、じゃないか?」
「どういう意味?」
「……知らない」
智宏が、バツが悪そうに視線を逸らす。慣れた様子だったけれど、やはり彼も高級中華に内心ドキドキしていたに違いない。