恋のはじまりはスイートルームで

「……しくじったんだよ。本当は事前に口説いておくつもりだったのに、まさか急な出張が年末まで続くなんてな。どうにかイブには帰って来れたけど、今度は俺のことを上司として一目置いてくれてるらしいお前の信頼裏切るんじゃないかって躊躇ってモタモタしてたらバーまで満席だし。つくづくツイてない」

いつもより少しだけ砕けた喋り方をする課長を、私はただ呆けたように見ることしか出来ない。

「気付いてなかったか?俺がお前に惚れてるの」

大きく息を飲み込んだ私の顔が余程おかしかったのか、課長はまるで愛おしいものを見つめるように目元を緩める。

「う、嘘!絶対嘘ですそんなのっ」
「そういう反応も含めてな、お前といると楽しいんだよ。けどお前みたいな合コン嫌いを公言してるカタブツ、いきなり付き合ってもない男にホテルに誘われても喜ばないだろ?俺も遊びだって思われたくないし、後で『シチュエーションに流されただけだった』って言われて逃げられたくないからな。仕切り直して年明けにでも改めて口説かせてもらう。まあ、覚悟しとけ。じゃあな」

茫然としていた私はこのままだと本気で去って行ってしまう課長を引き留めるために、今までは触れたくてもとても触れることなんて出来なかった課長の腕に飛びついていた。

「待って!喜ばないって、私の気持ち、勝手に決めつけないでください。それとも課長は今私が浮かれちゃってるって知ったら幻滅しますか……?」

特別な人からの誘いなら素直に嬉しい。ひたすら嬉しい。今までだって、たとえ子供扱いだとしても私に構ってくれることが本当はとても嬉しかった。

「今夜は課長に今恋人がいないことを喜びながら家でビール飲んでる予定だったのに。私をこんな幸せな気持ちにさせた責任、取ってください」
「……あのな。今俺が一生懸命オトナな対応してんのわかんないのか」
「好きな人と一緒にいたいって思っちゃダメなんですか?」
「いつものガードの堅さはどこ行ったよ?俺が悪い男だったらどうすんだ」

答えなんて決まっているのにそんなこと聞いてくるなんて意地悪だ。

< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop