極上な彼の一途な独占欲
【フェスでなにか食べたら感想メモっといてください。店名と商品名を正確に記録しておくのを忘れずに。"同行した編集者の感想"みたいな感じで、僕の記事に入れ込みたいので】

「…だと」

「もうあらかた食べちゃいましたよ」


画面を見せると、美鈴がすねた声を出す。「だよなあ」とその通りに伊吹が返信しようとしたとき、「あーでも」とサンダルの脚をぶらぶらさせて言った。


「戻ってお店の名前と商品名を確認すれば、ちょっとした感想くらいなら書けますね。味は覚えてるので」


見ている前で、うつむき気味の横顔がみるみる赤くなっていく。

自覚もあるんだろう、「もう…」と弱々しくこぼし、熱そうな頬に片手を当てた。


「これがダメなんですかね? 知ったことか、自分の記事でしょって突っぱねるべきなんですかね? でも別に、こっちも大した手間じゃないし……けど手間の大小の話じゃないのかなあ?」


早口にそう吐き出して、伊吹のほうを見る。困り果てた顔は微笑ましくて笑いを誘い、伊吹はぐっとこらえないとならなかった。


「結局うまく利用されちゃうんです。そういう男なんです。私は気づいたら頑張らなくてもいいところまで頑張って、本来自分がやるべきだったことを忘れちゃうの」

「落ち着けよ、そんなたいそうな話じゃない。ちょっとネタがあったら提供してねって、そのくらいのノリだろ、向こうは」

「そういう軽さを装って人を転がすのが本当にうまいんですって!」


それはわかる。

だがその軽さは決して彼の欠点ではないし、美鈴もそれがわかるから、どうしたらいいのか迷うんだろう。

結城はいいライターだ。雑誌社時代から、頭がよく博識で、知識に裏打ちされた感性が頼もしいライターと思っていたが、フリーになって伸び伸びしたらそれが倍増した感がある。

そしていい男だ。と伊吹は密かに思っている。美鈴には言えないが。

以前、伊吹の会社で打ち合わせたとき、後ろに美鈴の来社予定が入っていることを知ると、いつもの雑談をさっと切り上げて、早々と帰っていったことがあった。

『顔を合わせたくないんで』とおどけていたが、あれは彼が美鈴に会いたくないわけじゃない。出くわしたら美鈴が喜ばないだろうから、気を使ったのだ。

そういう、からっとした優しさを持った男だ。

もちろん、美鈴から聞いている、どうしようもないろくでなしのクズという一面も、真実ではあるのだろうけれど。
< 174 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop