夢がかなうまで
私は彼女を引っ張って、ホテルの一番最上階にあるスイートルームに入った。
「あんたなぁ……。他にすることあるやろ。彼氏とか、旦那とか」
「旦那も彼氏もおらんよ」
日名子は大きな目を丸くした。
それが妙におかしくて、私は笑った。
今、本社を追われて振り返ってみれば、私の周りには誰もいない。地元に帰っても、元同級生の面影を残した知らない人たちがいるだけ。誰もいない。
「わぁ、ジャグジーがある」
日名子は着ているものを思い切りよく脱ぎ捨てた。柔らかい光の中に浮かび上がった彼女の背中は、背骨が数えられるほど薄かった。
料理とシャンパンで乾杯をして、私達何もかも忘れてはしゃいだ。
酔いつぶれてベッドに横たわった私達は互いに顔を見合わせ、あの約束がまだすべて果たされていないことに気付いた。
「忘れてた」
私達はまるで申し合わせたように一気にカーテンを引いた。
もう、夜明けだ。
広い海と、私達の育った小さな港町。
きらきらと金色の光を反射して輝く海の表面を、私たちはただ黙って見つめた。はじめは紫色だった空が、ゆっくりとオレンジ色に染まっていく。
気がつくと、日名子の頬に涙が伝っていた。涙は音を立てて足元の絨毯にしみこんでいく。
「私な。正社員になれたら……施設の子どもを迎えにいく……」
「うん」
「今度こそ、ええお母さんになる。子どもにクリスマスプレゼント、ちゃんと用意して。ケーキも、食べさせてあげる……」
「うん」
15年前と同じように、私はやはり彼女の言葉を信じてすんなりと心の中に飲み込んだ。
「そんで、次は私があんたをホテルに泊めてあげる。絶対に海、見ような」
その横顔は、あの日の日名子と何も変わらなかった。
「……何年かかるかわからんけど、……信じててや……約束やで」
「うん」
私は彼女を信じる。この町の人が誰も日名子を信じなくても、私は信じる。
この、祈りにも似た気持ちが日名子を支えてくれますように。
その日、私達は真新しい気持ちを胸に、またそれぞれの生活に戻っていった。