今夜ひとり、シーツの合間で
「俺も自分のための時間を楽しむの、大事にしてるんです。だからいつもは一人で聴きに行きます。けどこの公演だけはどうしても誘ってみたい人がいて。……突き返すのだけは勘弁してください。興味がなかったら誰かにあげるなり売っ払うなりしてかまいません。それすらも面倒臭かったらコースターの代わりにでも使ってください」
それから緒田君は「本当はずっと渡す機会窺ってて、ついこんなとこまで押しかけました」と言うと、私たちの会話なんてまるで耳に入ってない顔をしてグラスを磨いていたバーテンに「この人にビトウィーン・ザ・シーツお願いします」とオーダーを入れる。
「邪魔してすみませんでした。でもいつもと違う先輩見られて俺は楽しかったです。先輩、お休みなさい。………いい夢を」
酔いの回った身体なのに緒田君はそれでも背筋を伸ばして去っていく。引き際を心得た、思ったよりもずっと潔い後ろ姿に目を奪われ、「お待たせしました」と声を掛けられるまで見入ってしまっていた。
チケットの隣に置かれたカクテルはアルコール度数は高いけれど口当たりがまろやかで、名前の通り甘く心地よい眠りに誘う寝酒(ナイトキャップ)として知られる刺激の少ないカクテルだ。『ベッドを共にしたい』という色気のあるメッセージを託して意中の相手に振る舞われることもあるけれど、たぶん緒田君は名前のままのメッセージを込めてくれた。
「コースターにはなさらないんですか?」
バーテンはまるで先ほどまで座っていた若者の勇気を讃えるように「羨ましい。私もそのチケット取り損ねたんですよ」とわざとらしく物欲しそうな声で言ってくる。公演はもう来週に迫っている。緒田君はその席で来るか来ないか分からない私を、どんな顔をして待つのだろう。……その答えを出す前から私は既に彼に囚われようとしている。
まずはざわついた感情を洗い流すためにグラスに一口付ける。アルコールが恋い焦がれたときのように胸を熱く灼いていくから、ざわめきは鎮まるどころか増していく。でも幸いチケットと今はじまりそうになっている恋をどうするのかをゆっくり思い悩むための夜はまだたっぷりとある。
……いや。これから楽しむはずだった折角のひとりの時間を、彼のことで頭一杯にされてしまうのだ。やっぱり、生意気な後輩だ。
二口めは芽生えてしまった感情を堪能するために、眠りに誘う甘い液体をゆっくり飲み込む。答えを出すのはシーツの合間に入ってからだ。
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