今夜ひとり、シーツの合間で
「………酔ってるの?」

本気にしてはいけないと言う自制心が私にそう言わせると、剣呑に細められた目で睨まれる。

「そんな言葉ではぐらかさないでください。だいたいもう手遅れなんですよ。惚れた後に今更冷たくされても、酔いみたいに簡単に冷めたりしませんから。……先輩を落したのはどんな男なのかその顔拝んでやるつもりだったけど、一緒に泊まってく男はどうやらホントにいないようだから安心して帰れます」

もし告白のつもりなら少しは緊張すればいいのに。私が23のときはもっと恋愛にいっぱいいっぱいだったのに……緒田君は小憎たらしいほど淡々とした迷いのない顔をしてる。

「どうかしてる。お一人様を楽しんでるような女、わざわざ相手にすることないのに」
「だからそういうのも含めていいなって思ってるんです。俺『一人の時間を楽しめる人は人生を楽しむのが上手い人』だと思っているんで。これはその証拠。見てみてください」

そう言って長細い封筒を差し出してくる。入っていたのは一枚のチケット。

「……すごい。どうしたのこれ」

迂闊にも素直に感嘆してしまうと、緒田君はその反応に気をよくしたように目を細める。

日本では余程クラシックに興味がある人にしか知られていないけれど、実に10年ぶりに世界トップクラスの欧州の一流交響楽団が来日する。その楽団の恐ろしくこだわりの強い音楽監督は以前から来日を熱望されるほどカリスマ的な人気があって、チケットは既に入手困難になっていた。

「これ、なんで緒田君が持ってるの」
「勿論聴きに行くために決まってるでしょ?こんな上等なホテルじゃありませんけど、学生のとき俺もアルバイトで弾いたりしたんですよ?まあ、大学で自分が井の中の蛙だったことを悟って今はもっぱら聴くの専門なんですけどね」

まだ少し未練を引き摺っているような彼の指を見れば、鍵盤に置いたら似合いそうな長くしなやかな指をしていることに気付く。

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