副社長は甘くて強引
七階建てのハートジュエリー東京本店は一階がショップ、二階は総務部や経理部などの事務所、三階は営業部とミーティングルーム、四階はデザイン企画部と商品流通部、五階がロッカールームと社員食堂となっている。
販売スタッフである私が使用するのは五階まで。役員室と秘書室、そして社長室と副社長室がある六階と七階には用事がないため、一度も行ったことがない。
現社長の息子である樋口副社長は、私にとってこのビルの上階と同じように別世界の人。
そんな彼の右手が、私の腰に回っていることに気づく。しかも彼の左手は、私の右手を握っている。
転ばなかったのは、副社長が支えてくれたから。しかし、まるでワルツでも踊るような体勢に、焦らずにはいられない。鼓動がトクトクと早鐘を打ち始める。
「す、すみません!」
再び謝ると、副社長と距離を取るために足を後退させる。でも彼は私の右手を握ったまま離さない。
「キミの誕生日は八月?」
「えっ?」
副社長の口から唐突に飛び出した疑問に、首を傾げる。
「ペリドット。陽斗からのプレゼントなのかな?」
さすが、ジュエリー会社の副社長。私と体が密着していることよりも、指輪のほうが気になるらしい。
「あ、これは……」
私の言葉が途切れたのは、副社長の口から元カレである陽斗の名前が飛び出し驚いたから。
「大橋京香さん。キミと話すのは五年ぶりだね」
「……っ!」
私を見つめる彼の顔にやわらかい笑みが浮かぶ。その微笑みは五年間となにひとつ変わっていなかった。