副社長は甘くて強引
マンション前で立ち止まって考えていると、副社長と視線が合う。彼は車に寄りかかっていた体をまっすぐに正すと、助手席のドアを開ける。
「どうぞ」
彼の仕草はとてもスマートで、普段からよく女性をエスコートしているとすぐにわかった。
服装のことを気にして怯(ひる)んだりしたら見くびられる。昨日みたいに彼に振り回されるのは、もう嫌だ。
背筋を伸ばして足を進める。
「ありがとうございます」
平常心を装いつつお礼を言うと助手席に乗り込む。あいにく私は車に詳しくない。けれど座り心地がいいシート、ゆったりとした足もとに洗練された内装。さすが高級車、と思わずにはいられなかった。
助手席のドアがパタンと閉められる。副社長は運転席に回り込んで車に乗ると、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し画面をタップし始めた。
「俺だ。今から行っても大丈夫かな?」
どこの誰と、なんの話をしているのか、私にはわからない。でも相変わらず自分の名前を告げない彼がおもしろい。
「十五分ほどで着く。よろしく」
彼は通話を終わらせると、ジャケットの内ポケットにスマートフォンをしまう。そして車のプッシュスタートボタンを押した。エンジン音が低く轟く中、シートベルトを締めると車がなめらかに発進する。