ヴァージンの不埒な欲望

自分で自分の発言に驚きながら、前畑さんを見上げ、懸命に言葉を紡いだ。どうしても、お礼が伝えたかった。

前畑さんは、目尻のシワをさらに深めて、柔らかく笑った。

「牛タンのシチューは、洋食レストランだった頃のうちの看板メニューでした。父の思いを少しでも感じてほしくて、スープバーの一つとしました。こちらこそ、ありがとうございます」

身体を半分に折って深く頭を下げた前畑さんに、私は慌てた。「あっ、いえ、そんな」なんて意味のない言葉を発しながら、私も頭を下げていた。

テーブルから離れる前畑さんの後ろ姿を見送り、向かいの席に座る拓夢さんに視線を移した。

「拓夢さん、ごちそうさまでした!とてもおいしかったです」

背筋を伸ばしてお礼を言い、小さく頭を下げた。言った後で、いくら事前に話していたとはいえ、ちょっと気が早すぎたかなと、恥ずかしくなって俯いた。

こういう事が初めてだから、小さな事にも戸惑ってしまう。自分の経験値のなさに、小さく溜め息をついた。

「どういたしまして。愛美ちゃんと、ここに来られてよかった」

拓夢さんの優しい微笑みに、私の頬も自然と緩んだ。

お店を出て、駐車場に止めてある拓夢さんの車に向かう。と、一組のカップルが歩いて来る。

「「あっ!」」

男性二人が、同時に声を上げて立ち止まる。


< 89 / 143 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop