明日の蒼の空
 夕食を食べた後、夏美さんに声を掛けて、地上の世界に降りてみた。

 私の顔は見えないと思うけど、なるべく笑顔でいようと思う。



 この日の姉は……中華レストランで彼氏さんと一緒に食事をしている。

 二人ともスーツ姿。どうやら仕事帰りのよう。

 私はテーブルの脇に立ち、料理を口に運んでいる姉の顔をじっと見つめた。

 前回の時より、顔色は良いように見える。

「この麻婆豆腐は、ちょっとしょっぱいね」

「そうね」

「茜が作る麻婆豆腐のほうが美味しいよ」

「そう言ってくれると嬉しいな」
 姉が恥ずかしそうに微笑んだ。

「茜の手料理を、毎日食べられたらな」

「ふふふふふ。それって、もしかして、プロポーズなの?」
 姉が声を出して笑った。

 彼氏さんは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。

 二人ともなんだかとっても楽しそう。

「茜と僕が結婚したら、蒼衣ちゃんも喜んでくれると思うんだ」

「そうね。蒼衣も喜んでくれるよね」

「また三人で一緒に食事が出来たらいいね」

「うん」

 笑顔で私のことを話してくれている姉と彼氏さん。伝えられないけど、伝えたい。



 私なら、ここにいるよ。お姉ちゃんのすぐ横に立ってるよ。東ひまわり町で元気に暮らしているよ。空のキャンバスに絵を描いてるよ。だいぶ上手に描けるようになったよ。みんなのひまわり憩い食堂というレストランで働いているよ。同僚もお客さんも町の人たちも私と一緒に暮らしている夏美さんも良い人だよ。新しい友達が出来たんだよ。お姉ちゃんが送ってくれた手紙、ちゃんと私の元に届いているからね。お姉ちゃんと和馬さんが結婚したら、嬉しいに決まっているよ。結婚式に招待してね。
 
 恥ずかしかったけど、声に出して言ってみた。



 姉も彼氏さんも穏やかな表情で料理を口に運んでいる。

 私の声が届かなかったのは残念で悲しい。

 けれど、姉の笑顔が見られて嬉しかった。姉の元気な様子を見られて安心した。

 和馬さん、これからも、私の姉をよろしくお願い致します。二人で幸せな家庭を築いてくださいね。
 
 私の姉を支えてくれている彼氏さんに向かって頭を下げて、姉の笑顔を目と心に焼き付けた。

 夏美さんが私の帰りを待っている。名残惜しいけど、家に帰らなければならない。
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