蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
一 緑の風が吹く頃
ふぅ、と、傍らの少女がその幼さに似合わない重いため息をつく。

遠原雅之(とおばらのまさゆき)がそれに気付いて数え始めてからでも、もう、10回は越えていた。

「悩み事でも?」

柔らかい新緑の風が吹く東河の河川敷に寝そべって、だだ広い空を見上げていた雅之が問うと、少女は頭を横に振る。

「別にっ」

そういって、頬を膨らませながら河川敷を駆け回る少年たちを眺めている少女は、名を毬という。
後三年もすれば都中の殿方の人気を独り占め出来るような美人な要素を兼ね備えてはいたが、今はまだ、あどけなさの方が強い。
今をときめく左大臣家の愛娘ではあるが、現在はわけあって都随一の陰陽師、安倍龍星(あべのりゅうせい)の屋敷で暮らしていた。

龍星と雅之は親友であり、毬にとっては笛の講師でもある。今日の様に龍星不在の折には雅之が毬の面倒を見ることもしばしばあった。

雅之は身体を起こし、砂を払った。
人目を引くような精悍な顔に、困惑した表情を浮かべている。

「龍星は夜になったら帰ってくる」

「知ってるわよ、そんなの」

毬は拗ねた子供のようにぷいと顔を背けた。

子供の扱い方どころか、女性の扱い方にも疎い雅之はこんなときどうすれば彼女を笑わせることが出来るのかわからない。

「毬、俺はどうすればいい?
 どうしたら、もっと楽しく過ごせるかな?」

しかし、その困惑具合を一切隠さず正面切って本人に聞けることが、この男の魅力の一つなのである。
龍星風に言えば「良い男」というわけだ。

毬は吹き出した。
笑うと一層あどけない。

「いいわよ、雅之は傍に居てくれるだけで。
 うん、一人で居るよりずっと安心だし。
 雅之が居てくれないと、きっと、龍星はお仕事にいけないわ」

桜の散る頃知り合った毬だが、一月も経たないうちに名前を呼び捨てにしあうほど馴染んでいた。




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