蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
「私ね、去年まで嵐山に住んでたの。
 そこでは、私のことお姫様って扱う人も居なくって、男の子たちと一緒にああやって野山を駆け巡ってたんだ。
 なんか、羨ましいなって思ってみてたの」

「なんだ、そんなこと」

と、思わず口走ってしまうのも、まぁ、雅之の「良いところ」だ。

毬はむっとする。
しかし、雅之は気にもせず毬のまだ小さめな手を取ると、迷いもせずに歩き始めた。

「何処に行くの?」

「きっと毬が気に入るところ」

言うと、毬の速度を気にしながらも若干脚を速める。
結果、半ば走る形になった毬は、本人も気付かぬうちに楽しそうに笑っていた。

屋敷の奥でじっとしているよりも、こうやって駆け回ることのほうが、ずっとずっと好きなのである。



雅之の行く先は、最近通っている馬舎であった。
弓の名手の雅之は、ここのところ流鏑馬の練習に凝っていたのである。
主は、若い頃流鏑馬の名手として名を馳せた人物で、都一の弓の名手がここで練習することを誇りに思っていた。
今日も笑顔で迎えてくれる。

「これはこれは、雅之殿。
 女性連れとは珍しい」

主が人好きのする笑顔を浮かべる。
そんな軽い挨拶にすら、うっかり照れてしまう雅之。

「こんにちは」

毬は雅之が照れて言葉を失っている間に、毬は好好爺の前に顔を出してにこりと挨拶をした。人懐っこく物怖じしない笑顔で。

「おや、こんにちは。
 お嬢さん、馬を見るのははじめてかな?」

「馬?
 馬なら見たことあるわ」

そう答えた毬だが、実際手入れの行き届いた大きな馬を目の当たりにすると、

「うわ!
 大きい馬っ」

と、瞳を輝かせた。

嵐山でそう大きくない野生の馬は見かけたことがあったが、
このような馬を間近で目にするのは初めてだった。

「乗ってみる?」

主の問いかけに、毬はさすがに躊躇した。

雅之がひらりと馬に飛び乗り、「毬、おいで」と、手を差し伸べる。


緑の風の中二人で馬に乗り軽やかに駆け回る様子を、馬の主は微笑ましく眺めていた。
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