蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】

一の一 事件概略

「ただいま」

仕事を終えた安倍龍星が自分の屋敷についたのは、日もどっぷり落ちてからだった。

「お帰り、龍星」

いつものように、帰りを待ちわびて駆け出してくる姫は今日はおらず、代わりに長年の親友が縁側に腰を下ろしたまま言葉を返してくれた。
愛しい姫は、親友こと雅之の肩にもたれて可愛らしい寝息を立てている。

「どうしても龍星を出迎えるから寝ないって、張り切ってたんだけどな」

雅之は戸惑いぎみにそういった。

深夜というにはまだ早い時間帯。
いつも、姫が寝付くよりもまだ早い時間帯、でもある。

雅之は手短に今日二人で乗馬したことと、その経緯(いきさつ)を説明した。

龍星は胸に湧き上がる嫉妬に似た感情を飲み込み、雅之の肩で猫のように無邪気に眠っている毬を抱き寄せた。
お日様の香りが、甘く龍星の鼻腔をくすぐる。

龍星はうっかり唇づけたくなる衝動を抑え、毬の艶やかな黒髪を撫でた。

「龍?」

目を開けた毬は、子猫のように無邪気な瞳で龍星を見つめた。

「ただいま、毬」

「お帰りなさいっ」

毬は笑顔を零して龍星にしがみついた。

「今日ね、素敵な馬に乗ったのよ」

「楽しかった?」

「うん、とっても。
 すっごく速くて、遠くまで見えるの。
 龍星も一緒だったら良かったのに。
 ねぇ、雅之」

「ああ」

雅之は視線を逸らしたまま頷いた。
まだ、【恋人】ではないのだろうが、甘い声で語り合う二人を直視するのは正直照れた。

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