蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
毛艶の良い馬が、冷たくなって倒れている。
霊気に当たっていることは、一目で分かった。

龍星は手をかざして呪を唱える。

不自然に空気が揺れた後、馬がゆっくりと瞳を開いた。

「翁、後はお任せします」

言い捨てるように言うと、龍星は足早に馬舎に併設してある小屋に向かった。

毬は相変わらず少年のような着物を纏い、横たわっている。
血の気の引いた唇、硬く閉じられた瞳。

雅之はどうすることも出来ず、心配そうに彼女を見守っている。

「医師の所見では、怪我はないとのことだ」

龍星を見て、そう告げた。

龍星は何も答えず毬の小さな手を掴み、たまらず胸に抱き寄せた。



薄い呼吸。
低い体温。
遅い脈拍。


小さな身体で。
小さな手で。

どれほどの人を心配し、どれほどの人を救う?
屈託の無い笑顔で。
深く広いその心で。




「毬」

龍星はたまらず耳元で愛しい人の名を呼んだ。
もちろん、反応は無い。


折角、彼女がその手を、心を、全てを自分に向けてくれたのに。
……そのとき、俺は何をした?

龍星は毬の髪に顔を埋める。
その頬を、思いがけず涙が伝った。










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