蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
五 霞の中で
突然、辺り一面に霞がかかったように白くなった。

雅之は咄嗟に毬の手を掴もうとしたが、彼女はもうそこには居なかった。

「龍っ」

毬は心臓にギュッと締め付けるような痛みを覚え、屋敷に駆け出しその名を呼んだ。

「随分と情熱的な声をあげるんだな」

霞の向こうから、男の声がして、驚き、足を止める。
嘲笑うような、上から見下すような、それでいてどこか優しさを含んだような声に毬は目を細める。


「誰?」

「緑、俺のこと忘れた?」

切なさを帯びた声が響く。

「みどり?」

呼ばれた毬は記憶を辿る。

懐かしさを感じる、その見知らぬ名前。


「最後に一緒に蛍を見た。俺があれを死者の魂だと言ったら、お前は酷く怯えていた。

嵐山でのあの日々を本当に覚えていないのか?」


「嵐……山」


毬は記憶を辿ろうと目を閉じる。


「人間違えでなく?

全然あなたが見えないので」

毬はゆっくり話す。

「その声、間違えるはずがない」


霞の中からゆっくり人影が近づいてくる。


毬はもつれた記憶の糸を懸命にほどきながら、じっと目を凝らした。

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