蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
「雅之、顔を上げてよ。せっかく検非違使の格好してるのに、意味ないじゃん」

帝は馬から降りて、苦笑する。
その姿は、若く将来有望な貴族そのもので、御所の奥にいる時とは別人のように生き生きしていた。


考えてみれば、帝にお目通し適う人の方が圧倒的に少ないわけで、容姿を知られていないということは、お忍びには適している立場なのかもしれない。


「ああ、これは申し訳ございません。しかし帝、勝手にこのようなことをなさいますと……」


くどくどと説教をはじめる雅之に、帝は肩をすくめ龍星に視線を移した。
その腕の中にはぐったりした毬がいる。

「龍星、助けてよ」

「私は雅之の味方です」

龍星は涼しい顔で答えた。

「つれないなあ」

帝はわざとらしくため息をつく。

「龍星が検非違使を、っていうから来てやったのに」

「私は別の人を……」

雅之が慌てて口を挟む。

「あいつがあっさり帰ってきたから俺が出向いてやったんだ」

ありがたく思えと言わんばかりの態度の帝。

「しかし、事態は急変しました。やはり、妖(あやかし)が絡んでいましたので、お引き取り下さい」

「へえ、天下の龍星が誤診なんて珍しい」

帝は蔑むように言い放つ。
< 61 / 95 >

この作品をシェア

pagetop