蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】

五の二 騒ぎの後

「毬」


遠くで名前が呼ばれている。


……とても好きな声。


毬はそう思う。
でも、誰の声だか思い出せない。


「毬」


それは引く心地よい声で、呼ばれるだけで自分の名前がより素敵なものに思えるから不思議だ。


「毬、俺のこと分かる?」


優しく温かい声。


……うん、大好きよ。


そう伝えたいのに、唇に力が入らない。


「これ、解毒剤」


言うと、ドロリとした苦いものが口の中に入ってきた。


……いやっ


思い切りむせる。


「仕方ないな」


ちっとも仕方なくない声がして、今度は温かい何かで唇が塞がられる。


むせる間も拒絶する余裕すら奪われ、毬の喉に先ほどの液体が再び注ぎこまれる。


舌で拒絶しようとしたその時、熱い何かが舌に絡んできた。


舌を舐められるという初めての衝撃に、毬は動揺を隠せない。
しかも、それは必要以上に執拗に続けられる。


甘く痺れるような感覚が身体を突き抜けていく。


「龍……」


鼻腔に入る香の薫りが毬の記憶を呼び覚ました。


が、同時に薬が効いてきたようで、毬の意識は深い闇に引きずりこまれてしまった。
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