蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
六 薫風の中で
コーン
コーン

遠くからキツネの声がする。

毬は身体を起こした。隣に龍星はいない。日は既に高く昇っていた。

頭にはかんざしがついていた。龍星にあげた、あのかんざしだ。

少し考えて、毬はそれが似合う女性物の着物を身につけた。
もちろん、屋敷の奥に常駐する姫君が纏うような重苦しいそれではなく、軽やかなものだ。


「毬さま、おはようございます」

華が丁寧に挨拶をする。

「おはよう、華さん。すっかり寝坊してしまったわ。龍星は?」

「御所から呼び出しがありまして、渋々お出かけになりました」

「そう。
私も少し出かけてくるね」

毬は華の制止を振り切って、安倍邸を後にした。


コーン
コーン


キツネの声はまだ止まない。


その声を追って、南大門の方へと足を進める。



キツネは、門の外にちょこんと座っていた。

尻尾が八つ又であることを除けば、まあ、どこにでもいそうな可愛い動物だ。


毬は門の内側で口を開いた。


「私のこと呼びました?」

「龍星の想い人に興味があってな」

その声は初老のように貫禄がある。
< 72 / 95 >

この作品をシェア

pagetop