幸福に触れたがる手(短編集)






 朝ごはんにお雑煮や磯辺焼きや納豆餅やぜんざいなど、ありとあらゆるお餅を食べて飽きたのか、昼になると篠田さんは「こたつでみかんでいい」と言い出して簡単に済ませたから、せめて夜はお正月っぽいものを作ろうと、冷蔵庫の食材と買い置きしていたあれこれを見比べて悩みまくった。

 その間篠田さんは洗濯をするために一旦自分の部屋に帰ったけれど、一時間弱ほどでTシャツにスウェットにサンダルという、完全な部屋着姿で戻って来た。

「同じマンションだと便利でいいな」

「便利は便利ですが、篠田さん我が家に馴染みすぎですよね」

「居心地良いんだよ」

 言いながら勝手に洗面所に歯ブラシやシェーバーを置いていたから、笑ってしまった。居座る気だ! ここで生活する気だ!


 なんだかこうしていると、同居でも始めたみたいだな、なんて。考えたら可笑しくなった。
 つい数日前に出会ったばかりの人と同居なんて、漫画やドラマの中の話だと思った。
 まあ、漫画もドラマも映画も、ほとんど見ないけれど……。



 その後はふたりで夕飯を食べた。
 篠田さんが自宅へ帰っていた間に作れたのは、お煮しめと紅白なます、酢れんこんと伊達巻きと栗きんとん。お雑煮は今朝の残りで、「餅はもういい」と言っていたからごはんも炊いた。

 朝はお餅で昼はみかんのみだったから、いまいちお正月感が出ていなかったけれど、ようやくそれっぽくなった。

 食卓に並んだ料理を見て「買って来たの?」と首を傾げる。

「まさか。作ったんです」

「栗きんとんも?」

「はい。栗もさつまいもも少ししかなかったので少量ですが」

「この紅と白のやつも?」

「大根とにんじんを千切りしただけです」

「まさか、伊達巻きも?」

「はい。はんぺんと卵があったので」

「伊達巻きって自宅で作れんの?」

「材料と巻き簾があれば作れますよ」

「へぇ」

 篠田さんは不思議そうな顔のまま箸を握り一口。
 品数は多いけれど量は少ないし、急いで作ったからちゃんと味が染みているか心配で、ちらりと彼を見遣る。
 それに気付いた篠田さんはこんな感想をくれた。



< 15 / 49 >

この作品をシェア

pagetop