幸福に触れたがる手(短編集)




『月刊SHINTARO』で一頻り盛り上がったあとは、お正月らしくすごろくと福笑いで遊んだ。

 お昼ごはんのあとは「腹ごなしに行こうぜ」と誘われて、近所の公園で羽子板をした。

 こんなことをするのは小学生以来で、予想以上に楽しい。
 なぜだか篠田さんは墨と筆も持参していて、ミスするごとにお互いの顔に墨を塗った。わたしの顔はすぐに真っ黒。負けっぱなしは悔しくて、意地でも羽根を追いかけて、篠田さんの顔にも墨を塗りまくった。

 良い年の男女がお正月の公園で、汗だく墨まみれで羽子板をしている様子は、はたから見たらとても滑稽で。通りかかった親子にくすくす笑われてしまった。
 恥ずかしかったけれど、こんなにお腹を抱えて笑ったのは久しぶりで。疲労感はあるけれど、なんだか心地良かった。


 お互いの部屋に帰ってシャワーで汗と、予想よりずいぶん派手にやられた顔の墨を流した。この顔で外を歩いていたのかと思うと可笑しくて堪らない。

 リビングに戻ってタオルで髪を拭きながら、置きっぱなしになっていた『月刊SHINTARO』を開いた。印刷所に頼んだとはいえ、物凄い出来だ。

 一番最後のページには、この雑誌作りに関わった人たちの名前がずらりと並んでいた。野上真太郎、柳瀬友佑、吾妻圭吾、大川大輝、一之瀬進矢、四条幸希、竹田直哉、花山駆、篠田亮太。
 その名前を見た瞬間、急に篠田さんという存在に鮮やかな色が付いたような気がした。

 この数日ずっと一緒にいて、色々なことをして、笑い合ってはいても、篠田さんのことで知っているのは名前と年齢くらいだった。彼がどんな仕事をして、どんな日々を送り、どんな人たちと関わって生きてきたのかは全く分からなかった。

 だからこれは、彼の人生を知った初めてのものだ。
 篠田さんは何年も前に、この八人と一緒に雑誌を作った。きっと楽しそうに大笑いして、でも真剣に、全力で取り組んでいたのだろうと思うと微笑ましい。


 どこかにこの人たちの写真はないのかしらと、順番にページを捲っていると「そんなに真太郎が気に入ったの?」という声が降ってきた。
 見上げると、まだ少し髪が濡れた篠田さんが背後に立っていた。

「気に入ったというか、雑誌を作るなんて凄いなって……凄いTシャツですね、篠田さん」

「あ?」

 真太郎さんのこと云々よりも、篠田さんが着ているTシャツの方が気になり、思わず二度見した。
 黒地に白い字で大きく「ポジティブ」と書いてある。こういう面白Tシャツは一体どこで買ってくるのだろう……。きりっとした顔のイケメンが面白Tシャツを着ているという様はなんだか可笑しかったけれど、それすら軽く着こなしてしまう篠田さんは凄い。

「なに、おまえも着たいの?」

 でもきっとわたしには似合わないだろうから、丁重にお断りした。




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