幸福に触れたがる手(短編集)





 その夜、ベッドで抱き合い一仕事終えたあと。リビングの明かりを付けたままだったことに気付いて、息を整える間もなくベッドを出たら、盛大なため息を吐かれた。

「余韻もないまますぐに起き上がられると、わりとショックなんだけど」

「ああ、すみません。リビングの明かりを消して来ようかと。それに篠田さんとピロートークしたことなかったし」

「じゃあするか」

「えー……わたしあんまり得意科目じゃないので、篠田さんにお任せします」

 とりあえずリビングの明かりは後回しにしてベッドに戻ると、篠田さんはわたしの肩を抱いて、やたら甘い声で……。

「良かったよ」

「……」

「俺、おまえの喘ぎ声好きなんだよね」

「……」

「おまえは気持ち良かったか?」

「……ぷっ」

「おい」

「すみません、その甘い声やめてもらっていいですか」

「こっちは真剣にピロートークしてんだから、おまえも何か返せよ」

「何かと言われましても……」

 くすくす笑いながら身体を捩ると、逃がすかと言わんばかりにきつく抱き締められ、逃げるどころか動くこともできない。
 やっぱりピロートークは苦手だ。元恋人とのとき、そういうことを一切してこなかったツケが、こんなところで回ってきた。

「うーん……。気持ちよくなきゃ、毎晩何度もしませんよねえ」

「おい、合わせろよ」

「甘い声出せってことですか?」

「そう」

 甘い声でとのリクエストに、ごほん、と咳払いをして、甘い台詞を考えてみたけれど……。

「ぷっ……ふふ、やっぱり無理です、勘弁してください」

「だめだなあ、知明は」

 だって甘い声で甘い台詞を言っている自分なんて。想像しただけで可笑しい。

 ごめんなさい、と篠田さんの胸に顔を埋め、背中に腕を回す。羨ましくなるくらい細い身体と、すべすべの背中だ。
 その背中に指を這わせながら、甘い台詞でなくてもこの人にお礼を言わなければ、という気分になって、すうっと息を吸い込む。


「篠田さんと出会ってから毎日楽しくって、毎日気持ち良いんです。ありがとうございます」

「……」

「今までよく分からなかったんですが、身体の相性が良いって、こういうことなんでしょうね」

「……」

「これからもよろしくお願いします」

 言うと突然身体が反転して、視界いっぱいに篠田さんの顔が映る。

「もっかいするぞ」

「ええっ?」

 ピロートークの途中だったのに! わりと頑張っていたのに! と抗議しようと思ったけれど、唇を塞がれたから無理だった。
 リビングの明かりは、もうしばらく付けっぱなしになりそうだ。




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