幸福に触れたがる手(短編集)



 自宅マンションから目と鼻の先にあるよく行くコンビニで、飲み物とデザートとコンドームを買った。
 よく行くコンビニだしよく見る店員さんだし、手を繋いだままコンドームを買ったらさすがに気まずいから、店内にいる間は手を離した。
 でも店を出たら半歩前を行く篠田さんがわたしに向かって手を伸ばしたから、今度はすぐにその手を握った。

 ときだった。


「知明!」と。聞き慣れた声が、わたしの名を呼んだのだ。

 顔を上げると、マンションの前に見慣れた人物。元恋人――周司だった。

 周司はわたしを見、篠田さんを見、繋がれた手を見てきゅっと唇を噛みしめた。

「……彼氏?」

 呟くように、周司が言う。

 彼氏、の単語に篠田さんを見上げると、篠田さんもわたしを見下ろし、双方首を傾げる。

 彼氏、ではないだろう。身体の関係を持ち、半同棲のような数日を過ごし、手を繋いで外出しているけれど、付き合う付き合わないの話はしていない。むしろまだ出会って数日。わたしはこの人のことをほとんど知らない。


 答えずにいると、周司は一歩踏み出し、眉を吊り上げてこう言った。

「知明、寄りを戻そう。やっぱり知明を忘れることなんてできない。三年も付き合ったんだから情もあるだろ? やり直そう」

「え……?」

 予想外の提案に、繋いだままだった篠田さんの手をぎゅうっと握る。

「知明は彼女に向いていないけど、結婚には向いていると思う。きっと俺たちなら、喧嘩もしない良い夫婦になれる。実際付き合ってた三年間、喧嘩なんて一度もしたことなかったろ? だから知明、結婚しよう……!」

「……周司」

 こんなこと言われても、……困る。

 周司とは先月別れて、別れる前から関係も冷え切っていて……。そんな状態だったのに、結婚を前提に寄りを戻して、本当にうまくいくのだろうか……。




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