ビルに願いを。
圭ちゃんからは「で、あれからどうなった?」としばらくして電話がかかってきた。
実は指輪を外してお付き合いしていると怖々と告げると、1週間ほどで慌てて帰国してきた。またすぐ出掛けるらしいけれど。
とにかく丈を連れて来いと言う。何か文句を言うかもしれないからごめんね、と先に謝りながら家まで来てもらった。
リビングのL字型のソファで自己紹介し合って、意外と和やかな雰囲気だからお茶でも入れようかと思った時、圭ちゃんが突然床に膝をついた。
「妹をよろしくお願いします」
床に手をついて、体を折って挨拶した。丈が呆気にとられているし、私だって予想外すぎる。
「俺、日本の習慣ってよくわからないんですけど」
言いながら丈が同じように膝をつく。違う違う、そんな習慣とかないよ!
「大事にします。よろしくお願いします」
やめてよ、なんでこんな形になってるの。2人にとにかく座り直してもらって、コーヒーでいいよねと確認した。
「杏のどこが気に入ったんですか。選び放題でしょう、実際」
圭ちゃんは今度はいきなりジャーナリスト口調。なんなのよ。
「飼ってた大型犬に似てるんだって!」
恥ずかしくなって自分から言った。笑ってくれていいから!と思ったのに誰も笑わない。
「ケイティが人間に生まれ変わったらこんな感じかなって。1人だと思ってた時に突然現れて、笑わせてくれて、そばにいてくれて」
「俺も覚えはありますね、そう言うの。こいつ、ひとりにしないって約束できますか」
「はい。ずっと一緒にいるつもりです」
なにこれ、なにこれ。結婚の挨拶みたいでしょ。そんなわけないのに、いたたまれなくて、なにも言えなかった。
「だったら敬語はいらないか、お互い。家族みたいなものになるわけだし、圭って呼んでくれれば」
「俺も丈ってみんな呼ぶからそれで」
にこっと笑って、本当にそのままいきなり2人ともタメ口になって、インドの発展についてだかなんだか話し合っている。
圭ちゃんはすごく丈を気に入ったのがわかる。丈のほうもかな、たぶん。
丈の隣でコーヒーを飲みながら、圭ちゃんの反対は私の本気を試していたのかなぁとぼんやり思った。