ビルに願いを。




冬の東京は寒い。やっと夜が明けたばかりの強い北風が吹く街を歩き、エントランスホールを通り抜ける。

アッパーフロアのエレベーターで28階に向かい、I.D.カードをピッとかざしてそのままリラクシングエリアに向かった。

やっぱりいた。

こんなに丸まって、寒いんでしょ。

赤いフリースを掛け直して髪を撫でてみたら「杏?」と掠れた声で目を覚ました。身体を引き寄せて、ゆっくり感触を味わうように口づけられる。

「また徹夜?」

「キリが悪くてさ」

「コーヒー飲む? サンドイッチ持ってきたよ」

「ありがとう」

「朝ごはん作ってくれるはずなのにね」

すぐ泊まり込むし、家での寝起きはあまりよくないし、なかなかに口約束だ。

「取ってくるからあの席にいて」

寝起きの掠れ声のまま、丈はカフェコーナーに行こうとする。

「一緒に行く」とついて行った。



都会過ぎるのが落ち着かないという丈の希望で、ここからは少し離れた川沿いのマンションに住むことにした。

見晴らしが良く、散歩も出来て快適。犬はまだ飼いたくないらしいけれど、河原で遊ぶ犬達をよく見て目を細めている。

気に入っている暮らしだけど、その距離のせいで仕事が忙しくなると会社に泊まってしまうんだ。

「ホテルに住んでいたほうがよかったんじゃない?」

嫌味を言うと、「杏が起こしてくれるならどこでもいいよ」と甘えたことをコーヒーマシンを操作しながら言う。

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