ビルに願いを。


B.C. square TOKYOのエントランスを出て、いつもの帰り道をまっすぐ歩き出す。

「縮んだ?」

「今日はスニーカーだから」

そんな風にポツポツと話しながら並んで行く。

まずはいつもの場所で振り返った。

「ほら、ここからすごくきれいにB.C. squareが見えるでしょ?形がいいの、このビル。角の部分もカーブして窓になってて柔らかい感じ」

話しながら、ふと気づいて呟いた。

「なんでスクエアなんだろう。真四角じゃないのに」

「ビルの形じゃなくて、『街の広場』って意味だろ。後ろに広場と建物がいくつかあるのを含めてsquareなんだと思うよ」

丈が教えてくれる。そうなんだ、squareってそういう意味もあるの?やっぱり仕事で使わない分野の英語は苦手だ。

「そういえば、ビッチっていうのも日本語だと変な意味らしいけど、英語では別に嫌な女とかくそババアとか、そんな意味だよ」

「くそババア?」

「別に意味なんてないんだって。驚いたりするとつい出る言葉ってあるんだよ」


根に持ってるのはそっちじゃん、と思いながら、ああ、これはきっと、私が気にしているのをフォローしてくれてるんだと気づいた。




「杏がそういう女だとは思ってないよ」

そう言ってくれて、ホッとするべきはずなのに。

本当はそんな女なのに騙している気持ちになった。

今はもう、私だって清く正しく暮らしているけれど。過去は消えたりしないから。







東京タワー3階のチケット売り場で、丈がごねている。

「なんで階段?」

「オリエンテーリングのチェックポイントを東京タワーの展望台にしたいの」

「高いところはGPSがうまく効かない」

「そうなの?じゃあ写真を撮って照合するのはどうかな」

「どうでもいいけど、それと階段は関係ないよな?」

「一緒に何か頑張ると仲良くなるでしょ?」

「俺と仲良くなりたいんだ?」

意地悪そうに聞いてくる。今日はいつもとちょっと態度が違わない?

「わかったよ。俺がみんなと馴染むようにっていう命令なんだろ。階段登って仲良くなるとか意味が分からない」

ぶつぶつとそう言うと、チケットを2人分買ってくれた。大展望台まで、600段の階段を登るのだ。

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