ビルに願いを。

丈が好きだという水辺や、東京らしい下町を土曜日のたびにたくさん歩いた。

最後に来たのはこの広い河原。

アプリの完成を祝ってシャンパンを開けた。

「乾杯!」

高級そうなお酒を、土手に引いたレジャーシートに並んでプラスチックのワイングラスで飲む。

変な感じだけど楽しい。



「やればできただろ?」

「私の力は少しだけど」

「チームで結果を出せばいいんだよ」

ああ、前に社長もそんなことを言ってたよね。

「結果出したって、社長も言ってくれるかなぁ」

「言わせるよ」

何気ない短い言葉。でも揺るぎない自信がある。

「クビになんかならないから、安心していいよ」

からかうようにそう言ってくれた。そうだった。まだ脅されてると思ってるんだったね。





緩い川の流れを眺めながら、丈がポツポツと話す。

丈が幼い頃に両親は離婚して、母とは血の繋がりのない兄とは一緒に住んだ記憶が少ないこと。

それでも大好きな彼を追いかけて、ただの弟でなく仲間になれるように頑張ってきたこと。



私の願いはまた叶って、丈のことを随分知ったような気がする。

寂しい気持ちをちゃんと力に変えて来た人。今はちょっと拗ねちゃってるけど、きっとそろそろ元に戻れる。

私も少し役に立った。そう思っていいよね?



河原の広い空を見上げていると、思った通りのことを聞かれた。

「杏は? 両親仲良い?」

「ううん。私のせいで崩壊したの」

「子どもはそんな風に思うけど、結局大人の事情だよ」

小さな子に言い聞かせるように言う。そうかな、でももし私がいい子にしていたら、壊れたりはしなかった。


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