ビルに願いを。

「本当は静かな時に来た方がいいんだけどさ」

言いかけて丈はそのまま黙ってしまった。どうしたの?と顔を見る。

「普通に誘ったら来なかっただろ?」

見透かされてる。だって、そういうの、やめようと思って。パスポート返してもらって、帰るんでしょ?



うつむいたら、私の前髪をゆっくりかきあげ、そのままおでこに柔らかくキスしてきた。こんなところで、酔ってるの?

離れてからまた近付きそうになる前に、なんとか言った。

「ケイティは、今もさみしがってるかな」

途端に嫌そうな顔をする。ほら、指摘されたら離れるくせに。浮気者。

「写真とかある?」

なにもなかったみたいに明るく聞くと、胸ポケットからスマホを取り出してスクロールさせている。

「だいぶ前。まだ元気な時」

見せてくれた写真にはきれいなストレートロングの東洋系の女の子。だいぶ前という通り、二十歳ぐらいに見える。切れ長のはっきりした目元。

金色がかった薄い茶色の毛がフサフサした大型犬に腕を回してしゃがんでいる。

これが、丈の大切な人。



ん?まだ元気な時?

「ケイティが病気なの? ご家族が病気って聞いたけど」

「家族だよ。俺はそう思ってる」

そうなんだ。思った以上に深い絆に、傷つかないように気をつける。

「今は病院?」

「いや、友達が。昔付き合ってた子が面倒見てくれてる」

「それって、複雑じゃない?」

なんていうか、恋愛観が雑なんだなこの人は。仲良くなった女の子はみんな友達になれると思ってるのか。

「まあね。でもかわいがってくれててさ、ケイティも懐いてるから」

懐いてる? 昔の彼女が年上なの? 写真だとケイティは20歳ぐらいに見えるけれど。

「ケイティって今いくつなの?」

「11才」

……は? そんなわけないでしょ。ふざけてるの?

「大型犬だから、歳を取るのも早いんだ。この写真の時は6才かな。一番元気だった」

はい?

スマホを胸ポケットにしまい直した丈は、空になった私のグラスを取り上げながら言った。

「飲み物同じのでいい? このまま待ってて」

待って。犬? からかわれてる? どういうこと?



飼っている犬が病気で、早く帰りたいってことなの?

うそ。だって私が似てるって言うのは?

……私が都合のいいように解釈してるだけなのかな。

でも11才って言った。確かに大きな犬も並んでいた、あの写真に。

え? ケイティの代わりってじゃあどういうこと? ペット扱い? キスは?

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