ビルに願いを。
もしかして麻里子さんは何か知ってる?

探すように見渡すと、少し離れたところで話している黒いスーツの男性2人組に目が行く。


若いほうの人と、目が合った。信じられないものを見たように目を見開かれる。

卒業から5年以上経っていても、もちろん私も一目でわかった。



松井くん。

制服姿がスーツに変わっても、変わらない印象。実際よりも大きく見える体格の良さと、いつも自信に満ちた態度。




迷うことなくカツカツと音を立てて歩いてくる。私もカウンターの高いスツールから滑り下りて向かい合った。

「やっぱり杏だよな。なにしてるんだ、こんなところで」

詰問口調だ。無理もないよね、高卒の私がこんなところで働いてるなんて思わないだろう。

でも松井くんだってなんでここにいるんだろう。一般庶民の子だった。うちのママに言わせれば『育ちの悪い子』と言われるような。



ぼんやりとそんなことを思った時に、丈がグラスを手に戻って来て私の隣に立った。

「杏、どうした? 知り合い?」

それを聞いた松井くんの顔が歪み、これ以上ないっていう軽蔑しきった声を出す。

「このビルによくいるセレブ狙いのビッチか。囲ってくれるおっさんじゃ満足できず今も男漁りってわけだ。相変わらずだな、杏。見た目だけは清純そうなところもな」

ずっと昔に好きだった人が、こんな風に私に憎しみをぶつけてくる。1番こういう場面を見られたくなかった人の前で。

ここしばらく一生懸命積み上げていた何かが、ほんのひと押しでガラガラと崩れ落ちていった気がした。

< 73 / 111 >

この作品をシェア

pagetop