ビルに願いを。

翌週の金曜日、メアリさんと待ち合わせたあのフレンチレストランに向かう。本当だ、2回目と言うだけで、こんなにリラックスしている自分が不思議。

ウエイターさんが引いてくれた椅子にも、戸惑わず腰かけられた。

「見違えたわね、アン」

メアリさんはきれいになったと言ってくれる。そうなのかなぁ。結構毎日怖いぐらい仕事してばっかりだけど、今の私。



あれから丈とは仕事のやり取りを少しした。ネット越しに何度か。でもそれだけ。

数か月ぶりに戻ったから本社のほうにも顔を出しているらしく、思ったよりも長く戻ってこない。

それならむしろ、戻って来るまで全く接点がなければよかったのにと思う。

いつもの落ち着いた声で淡々と仕事の指導をされて、淡い期待は吹っ飛んでいた。私もあくまで部下として振る舞いながら、悲しい気持ちを閉じ込めた。



それでもまた、こんな風に楽しい時間を過ごしている。話して、笑って、なんにも変わらないみたいに。

小さなケーキやフルーツが盛り合わせられたプレートと深くて濃いコーヒーを最後に楽しみながら、メアリさんが切り出した。

「あのね、お節介なことを言っていいかしら。今回私のサポートに、インターンの男の子がついたのよ。マサ・マツイ。知ってるのよね?」

松井昌幸。そうだった、なぜ忘れていたんだろう。アッパーフロアの法律事務所。松井くんはメアリさんと同じ会社にいる。

「インターン終了のお祝いにご馳走していろいろ聞いてみたの。私ね、若い子と話すのが好きなの、それだけよ?」

私のことを聞いたってことなのかな。


「昔の彼女がすごくきれいになって、フェニックスのエンジニアになってるんだって言うのよ。それなのに自分は口汚くさげずんだりして、最低なところを見せたって。エレベーターに乗るのも緊張してるの、会ったらどうしようって」

大丈夫。私も気をつけている。会っても避けられるように少しでも混んでる時間に乗るようにしてる。

「アンのことだってすぐにピンときたの。だから、その子にまた会ったらなんて言いたいか聞いてみたのね」

ええ? もう何も言いたくないでしょ。


< 91 / 111 >

この作品をシェア

pagetop