ビルに願いを。
「謝りたいし、もしできればまたやり直せないかって。ずっと忘れられない人だったんだって、言ってたわよ」
予想外すぎて開いた口が塞がらなかった。あんな風に罵っておいて? アッパーの人間だって知った途端にやり直したい?
「意味がわかりません」
「そうよねぇ。私も、きっと無理よって言っておいたわ。女は、どんな自分も愛してくれるって安心できる人にしか心を開けないものよって」
メアリさんはくすくすと笑う。結構悪趣味!
でもその通りだ。無理無理。今さら何言ってるの。あんなに憎々しげだったのに。
丈は、私の昔の話を聞いても、けなされるのを聞いても、全然態度が変わらなかった。どんな私も受け入れてくれた。
ああ。でも圭ちゃんのホテルに泊まったことは別問題らしかった。
「でも、安心できるって思った人にはやっぱり嫌われちゃったかもしれません」
「あら。あなたをそんな風にキラキラさせてくれた人に? それであなたもがっかりした? 意外とたいした男じゃないなって?」
そんなことないと首を振る。
「たいした男過ぎて、きっとすぐにダメになるって思ってました。住む世界が違うって。浮かれちゃダメだって」
「じゃあダメね。好きならどこまでも追っかけてくもの。すぐ諦められるようなのは、本当に好きってわけじゃないのよ。
マツイのほうがいいんじゃないかしら? あなたと同じ世界の人間でしょ、彼なら」
意地悪だ。目を輝かせて私の心を揺さぶって来る。
戸惑いながら進む若い人たちを羨ましいと前に言っていたその口が、楽しそうに微笑む。
「そんな風に悩むって、若さの特権よね。悩んで結局失敗して、そうやって自分になって行くのよね」
「失敗するんですか、結局」
「たいていね。でも死ぬわけじゃないでしょう。どうにかなるわよ、生きてさえいれば」
あっけらかんとして、でもその目は真剣だった。この人も誰かを亡くしたことがあるのかもしれない。
もし今、丈が死んだら? そうじゃなくても二度と会えなかったら?
私は後悔する。ちゃんと話をしなかったこと、好きだと伝えてさえいないってこと。
帰ってきたら、ちゃんと誤解を解こう。
もしかしてもう丈にとってそんなこと「どうでもいい」って聞いてくれないかもしれないけど、私の気持ちを伝えよう。
「失敗しても、前に進めますか?」
「大丈夫よ。失敗にだって慣れて行くから。そこから面白くなるのが人生よ」
メアリさんはまた、眩しそうに笑った。