勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
僕は大きく見開かれた彩さんの目を見つめたまま口を動かした。
「出先で何か・・・あったんですか?」
今度は少し、遠慮がちに訊ねてみる。
僕の問いに彩さんはぎこちなく笑って小さな・・・本当に小さな声で『大丈夫です』と呟いた。
大丈夫じゃないでしょう?
僕はそこまで出かった言葉をゴクリと呑み込んだ。
僕と彩さんは恋人じゃない・・・。
僕と彩さんは一つ屋根の下で共に暮らす同居人で彩さんは僕のホームケアさんだ。
恋人じゃない僕がずかずかと土足で彩さんのプライベートなことに踏み込んでいいはずがない。それに僕が土足で踏み込んだことで彩さんとの関係が崩れるのは嫌だ。
だから僕は『大丈夫じゃないでしょう?』と言うその無遠慮な言葉を呑み込んだ。
もしも、僕が彩さんの恋人なら『大丈夫じゃないでしょう?』と無遠慮に聞けたのに・・・。
嗚呼、本当に残念だ・・・。
僕に左足があり、僕が記憶を失う前に彩さんと出会っていれば僕は絶対に彩さんを選び、どんな手を使ってでも彩さんを恋人にしていただろう。例え、それが略奪愛であったとしても・・・。
それだけ彩さんは僕にとって魅力的な女性だ。
「・・・ごめんなさい」
彩さんは不意にそう謝るとそのまま俯いてしまった。
僕はなぜ謝られたのかわからず、ただ、困惑していた。
「・・・心配・・・かけてごめんなさい」
そう発せられた彩さんの声は弱々しく、悲しいものだっ た。
まるで別人だ・・・。
僕は心の中でそう呟いて、いつもの明るく溌剌としている彩さんの声を思い出していた。
一体、彩さんに何があったのだろう?
僕は頭の中であれこれと考えた。けれど、その答えが出てくることは当然のことながらなかった。
「本当に・・・大丈夫ですから」
そう言った彩さんの声は少し、震えていた。
泣いているんですか?
そう聞こうとして僕はやめた。なんとなくそう聞くことは憚られたし、その事実を知るのが怖かった。
僕は本当に弱虫だ。
僕は僕が傷つくのを恐れている。
僕は本当に弱虫で卑怯者だ・・・。
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