勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。

「散歩・・・ですか?」
僕は緩く微笑んで対面キッチンでニコニコしている彩さんを見つめ見た。
彩さんは僕と目が合うと僅かに首を傾げて『どうですか?』と遠慮がちに呟いた。
「そう・・・ですね。行きましょうか!」
僕はそう言ってリビングの窓の外へと目を向けた。
窓の外は寒そうだったけれど、天気はいい。蒼く澄んだ空は綺麗でそこに浮かぶ薄い白い雲はなんだか愛らしい。
「コートにマフラー・・・手袋もいるかな?」
僕の言葉に彩さんは薄い苦笑を浮かべた。
「んー・・・そうですね。一応、あった方が無難かもしれませんね。風邪を引いてもいけませんし」
彩さんの言葉に今度は僕が薄い苦笑を浮かべる番となった。そんな僕を彩さんはニコリと笑ってくれた。
それに僕は淡く小さな幸せを感じた。
そして、なぜだか『懐かしいな』とも感じた。
「じゃあ私、二階に行って準備をしてきますね!すぐに降りて来ますから!」
彩さんはにこやかにそう言うと僕の返事も聞かずにリビングダイニングキッチンを出て足早に二階へと行ってしまった。
僕は彩さんの軽やかな足音を聞きつつ、訳のわからない寂しさに一人、堪えていた。
まるで明かりの消えてしまったような花が枯れてしまったようなお気に入りのコップが割れてしまったような寂しさがそこにはあった。
僕はその寂しさを掻き消すように小さな溜め息を吐き出し、心の中で次のように呟いた。
大丈夫。彩さんは二階にいる。すぐに会える。・・・と。
その呟きのお陰で僕の訳のわからないその寂しさは僅かに薄らいだ。
大丈夫・・・。
もう一度、僕はそう呟いて僕自身も外に出るための身支度を整えるためにリビングダイニングキッチンを出て自室へと向かった。
自室へと続く廊下はリビングダイニングキッチンと違って寒く、空気はキリッとしていた。
そのキリッとした空気になんだか身が引き締まる。
僕は自室のドアを開け、中に入り、ごそごそしながら外出用のコートを着て、マフラーを首に巻き、手袋をコートのポケットの中に突っ込んだ。
なんとなく手袋はしなくていいや・・・と思った。
もっと言ってしまえば手袋はしたくないと思った。
なぜ、そう思ったのかはわからない。
僕はそれを不思議に思いつつ、自室をあとにした。
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