勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
家の外はやはり、寒かった。
天気はいいけれど、風は冷たくピリリとしていて空気はキリッと澄んでいた。
僕はふーっと浅い息を吐き出した。
その吐き出された浅い息は白く、今の気温の低さを物語った。
「息、白いですね」
苦笑混じりに彩さんが声を発した。
「うん。・・・白いね」
僕はそう返して車椅子を押してくれている彩さんをゆっくりと振り返った。振り返った先で彩さんと視線が合わさる。
視線が合わさると同時に僕たちはどちらからともなく淡く笑んでいた。それはもう何度目ともわからない笑みだった。僕と彩さんは視線が合わさると決まって笑む。その笑みには照れ臭いとか困ってとかそんな感情はお互い一切ないはずなのにお互いに無意識のうちに笑んでしまう。
僕たちのこの視線が合わさると笑む習慣は僕と彩さんの双方の癖で僕と彩さんだけの合言葉のようなものなのかも知れないと僕は勝手に解釈をして一人、納得をしている。
「春はまだまだ先ですね」
彩さんはそう言うとふふっと笑い声を漏らし、柔らかく微笑んだ。彩さんのその暖かく、優しい微笑みはまさに春の陽気そのものだった。
「彩さんの笑顔は春の陽気のようですね」
「・・・え?」
僕の本音を聞いた彩さんは歩くのをやめ(と言うよりは歩くのを忘れ)その場に立ち止まってしまった。当然のことながら彩さんに車椅子を押してもらっていた僕も必然的にその場に止まることとなる。
僕は立ち止まった彩さんの表情をまじまじと見つめてしまった。
その理由は彩さんがあまりにも驚いた表情を浮かばせていたからだ。
僕は何かまずいことを口にしたのだろうか?
僕は不意に不安に駆られたがそれはどうやらいらない心配だったらしい。
僕が不安に駆られたすぐあとに彩さんはクスクスと笑いだし、小さな声で『要さんったら可笑しい』と呟いたからだ。
「小説家を本職としている人間は大体が変人で可笑しいよ。僕もその大体の人間のうちの一人だから可笑しくて当たり前」
僕は淡々とそう言ってニコリと笑んでみた。
それに彩さんは盛大に噴き出した。
それを見て僕は僕の世界は今日も穏やかで幸せだと感じた。