空色(全242話)
『おはよーございます』
夕方の7時半頃。
黒いセダンがマンション前に止まる。
『あ、お、おはよ』
美香は顔を赤くして応えた。
『おはよー、美香ちゃん』
セダンから出てきたのは、黒服を纏った幸成。
私達を後部座席へと誘導し、扉を閉める。
嘘つき嘘つき嘘つき。
大嘘つきの、狼少年め。
私はバックミラーの端に映る幸成を見つけ、舌をベーと出した。
『意外と子供なんすね、アユさん』
ヤバ。
気付いてたか。
『やっだ~ アユってば!』
車内にはクスクスと2人の笑い声が交差する。
クスクス、クスクス。
うるさくて堪らない。
嫉妬に似たような感情が、心の中に黒い靄(モヤ)を作る。
自分で自分を制御できない。
何か別の事を考えようとしても、すぐに靄の中へ戻されてしまう。
終わりのない道を歩んでるようで、なんだかすごく疲れるよ。
『アユさん、指名入りましたー』
11時頃、
恐らくこれが本日最後になるであろう、お仕事が入る。
『いってらっしゃーい!』
美香の元気な声に押されるよう、部屋を出た。
カツンカツンと尖った踵(カカト)が床を叩く音が響く。
幸成のやつ。
男のくせにうるさい靴履いて……
『新規の客ですって。 40前後の真面目そうなオッサン』
オッサンってあんた。
一応、お客様なんだからその呼び方はどうかと思うよ。
『会社の重役だか何だかって話だけど、そんなお偉いさんでも来るんすね。 勝手に自分で抜いてろって感じっすよ』
何だかいつもの幸成じゃない?
敵意剥き出しのような。
いつもの余裕がない?
『俺は絶対に嫌。 こんな偽物の行為に金払いたくないね』
真っ直ぐに前を見据えるその目に、目が離せなくなった事。
幸成には口が裂けても言えなかった。