空色(全242話)

スラッと高い背に黒を基調とした大人っぽいファッション。

顔は「本当に男の人?」
そう尋ねたいくらい、綺麗で優しい顔をしていた。

私が井の中の蛙(カワズ)と同じだからか。
こんな人間を見たのは初めてだった。



『ご指名ありがとうございます』

私は彼に笑顔を見せ、ベッドに座る。

するとどうだろう。
彼は、私と向かい合うようにミニソファーに座った。

普通、隣に座るもんじゃない?
やりにくい客に当たってしまった……

『いいね、ここ。 ヘルスっていうよりホテルみたい』

そんな会話、無駄に等しい。
私ん中は、早く終わらせたい気持ちでいっぱいなのに……

男の言葉を聞かないふりで、私はベッドを離れ、ソファーに移動する。
触れ合った腕が、何だか暖かかった。

『ねぇ、しないの?』

切り出したのは、私の方。

しかし男は、ただ笑顔を見せるだけだった。

『50分しか時間ないんだけど。 勿体なくない?』

『うん、でも……』

男はようやく口を開くと私の眉間に人差し指を突き立てた。

『シワ寄ってる。 無理してやるもんじゃないじゃん?』

何なの?
何しに来たわけ?

私に、商品価値がないって言うの?

『後でしたくなったって知らないから。 延長なんてしないでね』

私はキッと男を睨み、ベッドへ座り直す。

今までここで働いてきて、こんな事はなかった。
こんな無駄な時間、意味がない。

『怒んないでよ。 ちゃんと代金は払うからさ』

何を考えているのか解らない男。
そういえば名前、まだ……

『名前は? 貴方の』

『俺? 俺は、十和』

『トワ? 永久って書くの?』

『んーん、十の平和』

『ふーん…… あ、これ私の名刺』

ベッドの隅に置いておいた名刺を十和に向けて投げる。

フリスビーみたいにクルクルと回り、十和は見事にキャッチした。

『これ名刺って言うか? 番号もアドレスもないじゃん』

当たり前じゃない。
ただの宣伝。
好意じゃない。

『でもいいや、ありがとう』

でもお礼を言って笑う十和の顔が、何故か頭から離れなかった……
< 11 / 243 >

この作品をシェア

pagetop