空色(全242話)
好き。
好きだよ、十和。
あの、海での初体験より、
店での初仕事より、
今が一番、ドキドキしてる。
『どうしよう、アユ……』
十和はギュッと私を抱きしめると、耳に口付け言った。
『俺、今…… すごくアユを抱きたい』
抱き……?
『えぇ!?』
突然の事に驚き、顔を上げると、視界いっぱいに、十和の笑顔が映る。
意地悪な顔。
私の事を全て理解したような、強気な顔だ。
『だって十和、私を抱けないんでしょ? 前にお店で……』
それに、幸成も言った。
十和が私を抱く事はないって。
『確かに、店にいるアユにそう思った事ないよ。 監視カメラもあるみたいだし』
『で、でも、私、幸成に聞いたの』
あの日は勢いもあったし、怒りで我を忘れてた。
今さら改まって「抱きたい」なんて言われると……
すごく戸惑う。
『立川くんが?』
『十和は私に手を出さないって。 試してみろって』
現に、十和は私を抱かなかった。
というか、抱けなかった。
あれが何よりの証拠だ。
『俺がそう言ったんだよ。 立川くんに』
『十和が?』
『俺は絶対に、こういう商売の女は抱かないって。 今までずっと、そう思ってきたし、好きにならない自信もあったから』
ゾクッと、腕や太股(フトモモ)に悪寒(オカン)が走る。
と同時、背中に冷たい汗が通った。
久しぶりに見た、十和の冷めた目。
奥に何か、怒りに似たようなものを秘めた、そんな目だった。
『それは何で? そういう子は汚いと思うから?』
自分から投げかけた質問に、寂しくなる。
「汚い」なんて言葉、思ってても口にしたくなかった。
『そう、かも知れない』
ましてや、十和の口からなんて。