空色(全242話)

小さなバスタブ。
立ったまま浴びる事の出来るシャワー。
そして床に敷かれた柔らかなマット。

『へー、結構広いんだぁ』

十和はバスタブのフチに座って言う。

『広くなきゃ出来ないじゃない』

『うん? 何が?』

「マットプレイ」
それは何故か口に出せなかった。

十和が無邪気に笑うからだろうか。
急に汚い事のように感じたのかも知れない。

『アユ、ビール平気? 酎ハイもあるよ』

袋から次々に出る酒類とつまみ。
持ち込めた事が不思議でたまらない。

『んじゃ、カンパーイ!』

1人で乾杯を済ませ、勝手にビールを開ける十和。

聞き慣れたプシュッと開く音が、今日は妙に可笑しかった。

場所が場所だからかな。
何だか少し面白い。

『笑った方が可愛いよ?』

と突然、十和が言った。
私はハッとしたように表情を固くする。

こいつといると調子が狂う。
演じ切らなきゃいけない風俗嬢のアユが、演じられなくなる。

客とこんなふうに談笑したのは初めてだ。

『……馬鹿みたい』

『うん? 俺の事?』

『他に誰がいるのよ。 指名しといて何もしないって…… ボランティアのつもり?』

そんな同情は要らないし、カンに障る。
気分悪いわ。

『ははっ、俺ねぇ、風俗に頼るほど餓えてないから』

十和はそう言うと、勝ち誇ったように笑う。
まるで私が餓えてるみたい。

『私だって好きで働いてるわけじゃないわよ』

『だろうね。 だから最初に、アユを指名したんだ』

『……え?』

それってどういう……

『実は客として来たわけじゃなかったんだよね、俺。 でも何故か女の子に囲まれちゃって……』

十和はグイッとビールを飲み干すと、空缶を袋に投げた。
ガサッと音を立て、缶は袋に上手く収まる。

『そこで俺に無関心な女の子ハッケ~ンってね!』

『それ私?』

『そっ、お陰で無事に帰れたよ。 ありがとー』

またもや無邪気に笑う。

何だそれ。

「アユが1番綺麗だったから」なんて言って指名したのは誰だった?

まぁ…
どうでもいいけど。
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