空色(全242話)
『おはようございます』
次の日の夕刻。
出勤した私に藤原はカウンターの中で挨拶する。
良かった。
昨日の人影が私達だと気付かれていないようだ。
『アユちゃん? どうかした?』
藤原はあの日、私を襲った事を忘れたかのように笑みを見せる。
『いえ、何でもありません』
「お前も死んでしまえばいい」
無意識にそう思ったが、あの日のオーナーの姿を思い出して考えるのを止めた。
時計の針が11時を過ぎた頃。
2人目の客を熟し、帰る身仕度を整えていた。
『アユちゃんお疲れ様。 今からもう1人いけるかな?』
しかし突然の指名にその手を止める。
『50分のコースだから、これを最後のお客様にして上がりでいいから』
藤原はバツの悪そうに笑うと私の腕を引いた。
生温くて湿った手……
『わかりました』
その手をさりげなく解き、待機室を後にした。
待機室を出て、個室に入った私の見たもの。
『何のつもり?』
『うん? 何が?』
それは昨日も会った男、
十和の姿だった。
十和はきょとんとした様子で私を見る。
ここに入るだけで万単位の金がいる。
それだけ払ってセックスもしない男。
『人を馬鹿にするのも、いい加減にして』
募金のつもりなら要らない。
そんな同情されたくない。
『金の無い憐れな風俗嬢に愛の手を、って感じなんでしょう? 気分が悪いわ。』
確かに最初は嬉しかったわ。
でも、昨日の早苗を見た以上、十和を受け入れるのは無理。
私は、ああなりたくない。
『募金じゃないよ』
十和はそう言って立ち上がると、私の肩にふわっと上着をかけた。
甘くて、でも鋭い香水の香り。
その香りに釣られるように、十和の瞳を覗き込む。
汚れの知らない、真っ直ぐな瞳。
汚い私が映る事が申し訳ないと感じる程。
『募金なんかじゃない。 アユに会いに来たんだよ?』
『会いに?』
意味がよく解らない。
どうして私なんかに会いに?
『俺、また前みたいなアユの笑顔が見たい。 ここで会う方法しか知らないから』
そう言った十和の、真っ直ぐな視線に、軽くめまいがした。