空色(全242話)

『ありがと~!』

ピンク色の4階建てマンションの前。
美香はとんっと軽やかに車を降りた。

美香のマンションはBabyDollから約8分。
あっという間に着いてしまう。

それに引きかえ、私は後12分。
幸成と話す事もないし、苦痛で仕方ない。

『じゃあまた明日』

幸成は美香にそう言うと再度、運転席に乗り込んだ。
それを見ていたら、つい溜め息が出てしまった。

密閉された黒い箱が動き出す。
中にいる私も幸成も、一言も声を発しない。

重く苦しい時間が、
ただゆっくりと過ぎていく。

住み慣れた街が見えてきた頃だろうか。
幸成が突然、車を止めた。

辺りは暗く、シンと静まり返る。

『何? 急に』

いくつになっても消えない心の傷。
未だに、男とこうしている事が恐くてたまらない。

沈黙が、暗闇が、
密閉されたこの空間が、
恐くて恐くて、仕方ないのだ。

『店に入る時に、契約書みたいなの書かされました?』

『え?』

契約書、というのはアレの事だろうか。
鉄のように固い掟が長々と書かれた一枚の紙。

確かに最後に署名する箇所があったけど。

彼はアレを契約書と言っているのか?
だったら私も書いている。

『あれを破った人っているんすか? いるなら、どうなったんすか?』

破った人、か。
真吾くんの事を、聞かされていないのだろうな。

『めちゃくちゃだよ。 誰かわかんない位に殴られて、今は何処にいるかわかんない』

生きているか死んでいるか。
それすら私達には解らない。

『そうっすか』

『何で、そんな事聞くの?』

『別にー? 守れなくなりそうだから』

ハハッと悪戯に笑ってみせる幸成。
何を考えているんだ、この男……

『俺ね。 欲しくなっちゃった』

『は?』

『あんたの事』

私?
一体、何で?

ううん。
そんな事より、今の話を本当に聞いていたの?

真吾くんと同様になりたいの?

『力ずくで手に入れるよ。 俺は昔から、そうして欲しい物を手に入れてきたから』

私は、早苗のようになりたくない。
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