横顔
「先輩!」

聞いたことのある声だと思って振り返るのに、少し時間がかかった。

ざわつく人混みの向こう側に、こちらを見て笑顔を向ける女性がいた。

「もうお帰りですか?」

最近少し話すようになった“由井”という新人は、控えめな話し方が特徴で、この時も周りの雑音に声が紛れそうだった。

『もう帰るよ。
いま何時だと思ってるんだよ。
由井さんも早く帰りなよ』

手を振るわけでもなく、少し会釈して、由井さんは駅の方へ歩いていった。

入社してまだ1ヶ月だというのに、こんな時間まで残業なんて酷な会社だとつくづく思う。

彼女の小走りの後ろ姿は、可愛らしくも見えたが、この先のことを思うと、仕事がしっかり勤まるのか、不安に思った。

務める会社は同じだが、部署が違うので関係ないといえば関係ないのだが、先輩として気遣っているつもりでいた。
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