もう一度だけでも逢えるなら
 もう少しで泥棒になるところだったな。あの人に感謝しろよ。

 やっと善の自分の声が聞こえてきた。

 私は経理の仕事をしているというのに、本当に情けなくて恥ずかしい。

 一万円札を探している人の姿が目に浮かぶ。きっと困っていると思う。

 お財布に仕舞った一万円札を届けるために、駅前の交番に入った。

 道端で一万円札を拾ったことをお巡りさんに説明して、拾った場所を教えた。



 習得物届けの書類を書いていたとき、背中の丸まったおばあさんが入ってきた。

「お巡りさん、私の話を聞いてくれるかい」
 背中の丸まったおばあさんは、困ったような顔で話している。

 その瞬間、私はピンときた。一万円札を落としたのは、このおばあさんかもしれないと。

「あなたが交番に届けてくれたんだね」

「はい、そうです」

「そうかい。どうもありがとう」
 背中の丸まったおばあさんの姿勢は、さらに低くなった。

 何度も何度も私に向かって頭を下げている。

 私はなんだか申し訳なく思った。

「この一万円は、リウマチの治療代でね。姑からもらったのに、うっかり落としてしまってね」

 背中の丸まったおばあさんの手は、赤く腫れている。見るからに痛そうな手。

 その手で一万円札をお財布に仕舞った。とても大事そうに。

「これから、病院に行かれるんですか?」

「うん。今から行くよ」

「私がお供します」

「いいのかい?」

「はい」

 遅刻は決定的。でも、なんだかすごく良い気分。

 初めから、こうしていればよかったのに。今さらだけど……。
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