もう一度だけでも逢えるなら
 ネコババはいけませんよ。ちゃんと交番に届けてください。



 駅の改札をくぐったところで声が聞こえた。

 ちょっと低い男性の声。厳しい口調ではなく、とても優しい口調。

 耳に聞こえたのではなく、頭に響く感じだった。

 

 まさか見られていたなんて……

 ネコババした自分が恥ずかしくて情けない。

 駅には人がわんさかいる。

 私を注意してくれた人は誰なのか……全く検討がつかない。

 背後から視線を感じる。

 すぐに後ろに振り向いてみた。

 みんな慌しく歩いているのに、一人だけ立ち止まっている人がいる。

 見た感じ、三十五歳くらいの男性。

 すごく暑いのに、冬用のジャケットを着ている。下はネイビーのジーンズ。足元は見えない。

 その男性の視線は、明らかに私の方に向いている。

 一瞬、目と目が合ったような気がした。

 ジャケット姿の男性は、改札をくぐることもなく、ずっと動かない。驚いたような顔をしている。

 私を注意してくれたのは、きっとあの人だと思う。

 ずっと佇んだままのジャケット姿の男性に向かって、私は軽く会釈をした。

 ジャケット姿の男性は、にこっと微笑み、ジーンズのポケットに手を入れて歩いていった。

 私は改札を抜けて、その男性の後を追いかけた。

 走って追いかけたけど、すぐに見失ってしまった。
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