エリート上司の甘い誘惑
「あ」
「何?」
「いえ、東屋くんからで。多分暇だからとかそんな話なんで、後でかけ直します」
私が意地になって食事の誘いを断るものだから、近頃ちょくちょく電話をかけてくる。
他愛ない話だ。
おちょくったりおちょくられたりしながら数分で切るのだけど、あの夜みたいに特に口説かれたりもないから、彼に対してどういう態度をとればいいのかわからなくなっている。
着信が止まない。
ちょっとだけ出て後でかけ直すと伝えるべきだろうか。
「すみません、ちょっと……」
ちょっとだけ、出てもいいですか。
そう尋ねようとした。
携帯を持つ私の手に添うように部長の手が触れて、言葉が続かなくなった。
「部長?」
戸惑いながら部長を呼ぶと、はっと我に返ったような顔をする。
握られる手から一瞬、彼の戸惑いを感じたけれど、気のせいだったのだろうか。
ぎゅ、と強く、握りしめられた。
その手の中で、携帯が震えてる。
少し、切羽詰まったような。
余裕のない色を、その瞳の中に一瞬だけ見た気がする。
「あの、」
「西原」
気付けば、腕を引き寄せられていた。
すぐ目の前まで部長の顔が近づいてくるのを、ただ見ていて。
こつ、と額が当たった瞬間、瞬きをする。
「選べよ」
「ぶ、ちょう、」
「ちゃんと、お前が選べ」
ちゃんと、好きになる男を選べ。
慎重に、男を見る目を養えと、そういうことだと思う。
だけどなぜか、頭に浮かんだのは二つの選択肢だった。