エリート上司の甘い誘惑

「あ」

「何?」

「いえ、東屋くんからで。多分暇だからとかそんな話なんで、後でかけ直します」


私が意地になって食事の誘いを断るものだから、近頃ちょくちょく電話をかけてくる。


他愛ない話だ。
おちょくったりおちょくられたりしながら数分で切るのだけど、あの夜みたいに特に口説かれたりもないから、彼に対してどういう態度をとればいいのかわからなくなっている。


着信が止まない。
ちょっとだけ出て後でかけ直すと伝えるべきだろうか。


「すみません、ちょっと……」


ちょっとだけ、出てもいいですか。
そう尋ねようとした。


携帯を持つ私の手に添うように部長の手が触れて、言葉が続かなくなった。


「部長?」


戸惑いながら部長を呼ぶと、はっと我に返ったような顔をする。
握られる手から一瞬、彼の戸惑いを感じたけれど、気のせいだったのだろうか。


ぎゅ、と強く、握りしめられた。
その手の中で、携帯が震えてる。


少し、切羽詰まったような。
余裕のない色を、その瞳の中に一瞬だけ見た気がする。


「あの、」

「西原」


気付けば、腕を引き寄せられていた。
すぐ目の前まで部長の顔が近づいてくるのを、ただ見ていて。


こつ、と額が当たった瞬間、瞬きをする。



「選べよ」

「ぶ、ちょう、」

「ちゃんと、お前が選べ」



ちゃんと、好きになる男を選べ。
慎重に、男を見る目を養えと、そういうことだと思う。


だけどなぜか、頭に浮かんだのは二つの選択肢だった。
< 110 / 217 >

この作品をシェア

pagetop